トマス・モアのユートピア第2章[奴隷、病人、結婚その他]

奴隷

奴隷には3つの種類からなる。

一つ目は、他国にあって、凶悪な犯罪をしたために、自由を剥奪されたものか、死刑の宣告を受けたもので、ごくわずかな代価で買われることもあるが、大抵は無償で連れられてくる。この種の奴隷は年中無給で労役に使われ、足枷まではめさせられている。

二つ目の種類の奴隷は、同国人である。もともとユートピア国という立派な国に生まれ、敬虔な雰囲気の中で真実な人間となるように育てられてきたにもかかわらず、悪の誘惑に引きずり込まれたのは全く度し難いものだと考えられて、他国から連れてこられた奴隷より待遇は過酷である。

三つ目は、もともと外国で哀れな労働者として、酷烈な仕事をやらされていた者で、自ら志願してユートピアの奴隷になったものたちである。これらの奴隷に対する取り扱いは全く良心的で、ユートピア在来の自由民と殆ど変わりないくらいで、少し余計に労働を課せられるといったところである。余りないことであるが、これらの者でユートピア国を立ち去りたいと思うものがあれば引き止められるものではない。

病人

病人の扱いは細心の注意が払われている。病院は市の周りの城壁から少し離れた所に、一小都市のような大きさのものが四つ建っている。病院の設計は申し分なく、医療に必要なあらゆるものが用意され、有能な医師が宿直して手厚い看護を行っているので、人は病気にかかっても、自分の家で寝ているより入院することを望むのである。

不治の病に悩んでいる人には枕元に座っていろいろ話をするなど心を慰めてやる。しかし、もしその病気が永遠不治で、絶え間のない猛烈な苦しみを伴うものであれば、司祭と役人とは相談の上で病人に向かっていっそ思い切って、この苦しい病気と縁を切ったらどうかと死を勧める。そして、十分に納得した病人は、絶食するか眠っている間に死んでゆき、それは名誉あるものと信じられる。

これに反して、司祭や市会が承認する前に自ら命を断ったものは土と火を持って葬るに相応せぬものとしてその死骸は泥沼の中に捨てられる。

結婚と婚姻生活

婦人は十八歳、男子は二十二歳になると結婚を許される。婚前に肉体上の過ちを犯したことが明らかになれば峻厳な法の制裁を受け、原則一生涯結婚を禁じられる。それとともに、こういう不始末をしでかした家庭の主人夫婦は若い者の監督を怠ったかどで世人の激しい非難と指弾を受ける。それは、一生涯ただ一人の配偶者とともに辛苦艱難を耐え忍んですごして行くという正しい愛情生活を営んでいくために、この種の背徳行為を取り締まる必要だからである。

結婚に当たって、男女双方ともにその裸体を相手に見せあうという習慣がある。これは、あたかも馬を手に入れるときに鞍をはずせ馬具を外せと言って、腫れ物や鞍ずれがないかどうかを確かめるようなことである。これは、一夫一婦制を守るために確かな相手との結婚を求めていることの裏返しである。

婚姻生活において、姦通とか、相手に対する耐え難い異常な振る舞いがはっきりした時には、市会の承認をえて配偶者を取り替えることができ、損害を与えた方はその後一生結婚することもできず日陰者の生活を送らなければならない。たまたま体に欠陥があるとか、病気になったとか、老人になったといった理由で夫が妻を追い出すことは絶対に許されていない。

夫婦がお互いにどうも円満にやっていけない、しかし両人ともにこの人なら平和に楽しく生活していけそうだと考える相手がいるといった場合、お互いに十分な了解のもとで離婚し、それぞれの相手と結婚するということを市会の厳しい判断のもとで行うことがある。

夫婦の契りを破壊したものは過酷な奴隷刑に処せられる。姦通者の配偶者は、希望によって離婚することができるが、連れ合いにそんな薄情な目に合わされても、なお愛し続ける人から無理に引き離すことはしない。その人は罪人である姦通者たる相手とともに一生を連れ添って過ごしていくことになる。心から悔いるものと心から仕えるものの姿が市長の心をうち、二人を奴隷の囚縛から再び自由な世界に開放することもある。しかし同じ人間が又同じ罪を犯してつかまれば、今度は死刑以外に道はない。

ハンディキャップの扱い

ユートピアでは、阿呆あほう(フール)は大切される。阿呆に危害を加えることは厳重に禁じられているが、阿呆の阿呆ぶりを楽しむことは禁じられていない。どのような形であれ阿呆とかかわり、世話をすることは阿呆にとっても利益である。

畸形きけいであるとか、五体の一部が欠けているからといってその人を嘲笑したりすることは最大の侮辱であり不名誉であるとされている。本人自身がどうすることもない身体上の欠陥を、その人の罪のごとく扱うのは人間として不謹慎の謗りを免れない。

すすんで、人間の自然のままの美しさや愛らしさをそのままに重んじない人は、余り賢い人間とは考えられない。したがって、化粧をすることも虚栄心の強い証拠として否定される。

外交と同盟

ユートピア人の廉直な態度は、かつて彼らによって専制から救われた、近くの諸国民から注目をあび、一年間とか三年間という契約で、ユーとビア人を自国の役人として招くようになった。ユートピア人は、いずれ自国に帰る際に何も役に立たない金によって正道を踏み外すことなく、外国人としてその国と余りなれなれしくないので、特定の人をえこひいきしたり、悪を抱いたりすることもないので、迎え入れた国にとっても、賢明なことなのである。ユートピア人は彼らを「朋友(フェロー)」、「盟友(フレンド)」と呼んでいる。

ユートピア国は、国家間の同盟を結ばない。なぜなら、締結するに当たって、強固な盟約の条文や、仰々しい神聖な儀式が用いられるものほど、必ず抜け穴があっていずれ同盟も信義も崩れていくからである。人間と人間との間に自然の与えてくれた豊かな愛情があれば、同盟なぞなんの役に立つのか、と考えているのである。逆に自然を重んじないものが同盟などという一片の文句でしかないものを重んずるわけがないとも、考えている。


都市、特にアモーロート市について
役人について
知識、技術および職業について
彼らの生活と交際について
彼らの旅行、および巧みに説かれ、賢く論ぜられたことども
奴隷、病人、結婚その他
戦争について
ユートピアの諸宗教について


  • entry99ツイート
  • Google+

PageTop