メディアの変遷を人々はどう超えてきたのか

参照資料

つながらない生活 ― 「ネット世間」との距離のとり方 単行本 - 2012/1/27。ウィリアム・パワーズ (著), 有賀 裕子 (翻訳) 出版社: プレジデント社 (2012/1/27)

プラトン(DC427-DC347):ギリシャ時代ソクラテスとパイドロスの対話<距離>

メディア的環境

言葉から文字への転換点

環境から来る課題

話し言葉で成り立つ社会でのつながりのマイナス面。プラトンの生きたアテネには、何万もの人々が話し言葉を交わしながら暮らしており、常に他への注意をしていかないとならない。話し言葉によるコミュニケーションやそれに伴う数々の恩恵は、人と人との距離を縮める利点を提供するが、思慮深い人々は、自身の幸せや満足のためにはいくらか距離を取り戻す必要があると気づいた。

対応方法

街の外(郊外)にでること。そこに、書き言葉で記録された「巻き物」を持参することで、時間と空間をへだてて、語り手とのふれあいが実現する。

しかし、ソクラテスは「巻き物」の利点を理解しなかった。

エジプトの王タモスの"文字"への批判「「たぐいなき技術の主テウトよ,技術上の事柄を生み出す力をもった人と,生み出された技術がそれを使う人々にどのような害をあたえ,どのような益をもたらすかを判別する力をもった人とは,別の者なのだ。いまあなたは,文字の生みの親として,愛情にほだされ,文字が実際にもっている効能と正反対のことを言われた。なぜなら,人々がこの文字というものを学ぶと,記憶力の訓練がなおざりにされるため,その人たちの魂の中には,忘れっぽい性質が植えつけられることだろうから。それはほかでもない,彼らは,書いたものを信頼して,ものを思い出すのに,自分以外のものに彫りつけられたしるしによって外から思い出すようになり,自分で自分の力によって内から思い出すことをしないようになるからである。事実,あなたが発明したのは,記憶の秘訣ではなくて,想起の秘訣なのだ。また他方,あなたがこれを学ぶ人たちに与える知恵というのは,知恵の外見であって,真実の知恵ではない。すなわち,彼らはあなたのおかげで,親しく教えを受けなくても物知りになるため,多くの場合ほんとうは何も知らないでいながら,見かけだけは非常な博識家であると思われるようになるだろうし,また知者となるかわりに知者であるといううぬぼれだけが発達するため,つき合いにくい人間となるだろう。」[i]

(プラトン『パイドロス』Plato. Phaedo. 274c,藤沢令夫訳版)

2. セネカ(DC1~65):古代ローマ時代文字の普及、パピルス紙を用いた文書業務の時代<内面の探求>

メディア的環境

書き文字の普及は地中海地域で人々の暮らしを変容させ、パピルス紙を用いた文書業務の時代が到来した。郵便の到着は大切な日常行事となり、処理し吸収すべき情報の量は格段に増えていった。

環境から来る課題

街や円形劇場を実際に満たす人々だけでなく、ローマ帝国全域で暮らす遠く離れた人々と、彼らの生み出す情報の洪水の中で、世間からの絶え間のない要求に苦しみ、気を抜くと雑務に飲み込まれかねない状況であった。また、「友人、仕事仲間、世の中の人々から思想面であまりに大きな影響を受ける危険について」という表現で社会の緊密なつながりがゆえにそれに振り回される危険性が指摘されていた。それは、内面世界にまで及ぶ。そして、大勢の著者の思想を表面的になぞるという読書スタイルが出てきた。

対応方法

外的世界の喧騒(文字の洪水)から内面の充実強化へ

狂騒に屈して世の中の風潮にそのまま従い、深みある経験からどんどん遠ざかる結果、喧騒から逃げる。

「忙しすぎる」と自覚して、「今日はこれ」と一つを選んで対処する。

文字の洪水から逃げる場所は、街の喧騒の中でも、静かな環境でも見出すことができる。

一方で喧騒から逃げる方法として書簡を書くという手法即ち紙と筆記具というツールを使って内面深くへと旅する方法をセネカは開発した。

3. グーテンベルク(1398頃 - 1468):ルネサンス期<内省のためのテクノロジー>

メディア的環境

聴く文字から、黙読文化へ。書かれた文章から、印刷された書籍へ。

環境から来る課題

書籍が黙読文化を創り、書籍(メディア)を通じて内面世界に没入する(外から切れる)ことが可能になったが、当初は流通量も少なく一部の人に限られていた。

対応方法

グーテンベルクの印刷機の発明は、多様な書籍を大量生産を可能とした。読書(本というメディア)は、音読による大勢で行う外界へ向いた営みから、黙読による内面探求の営みへと大きく役割を変える。

4. シェークスピア(1564 - 1616):大航海時代の終わり重商主義期<古きよき道具>

メディア的環境

手帳(テーブル)の普及。印刷物を通じて多くの文字に触れることで、文字を書く機会が増大し、手書きが普及した。同時に手書きのための文字、筆記具などが開発される。

環境から来る課題

印刷物の氾濫による、情報の洪水。コントロールできない情報の中から、重要なものをどうふるい落とすのか。

対応方法

手帳(テーブル)は、筆記することと、一部を消去することができる。

5. ベンジャミン・フランクリン(1706-1790):産業革命と植民地主義の繁栄期<前向きな儀式>

メディア的環境

人や思想が時間や空間を超えて移動するには十分に技術が進歩した環境。思想は飛脚や郵便、新聞・小冊子・本など印刷媒体で流通し、人は徒歩、馬、馬車、船などで移動していた。通信テクノロジーや高速移動手段のように、人と人との物理的距離が縮まることはまだ無かったにせよ、啓蒙思想の広がりとアメリカ独立革命、フランス革命の二つの革命を通じて、階級社会は徐々に解体され、努力を惜しまなければより多くの人とつながることができる、という環境に変わってきた。

環境から来る課題

精力的に世の中を動き回り、多くの人と討論や話し合いを重ねることによって、フランクリンは当時を代表するような存在となるのだが、それは「多事多端(仕事が多くてたいへん忙しいさま)」で支離滅裂な状況を呼び込んでいた。

対応方法

人間の自由についての斬新で大胆な思想が広まっていた時代に、真に自由であるためには、外からの抑圧だけでなく、内なる抑圧を克服するために「哲学的な(13の)自制」を提示した。

6. ヘンリー・デービッド・ソロー(1817-1862):国民国家の成立から帝国主義の興隆、白熱電球の普及<内面を大切にするための場所>

メディア的環境

鉄道と電信の普及期

環境から来る課題

特に電信の普及は、四六時中他とのつながりの中で生活を送ることになり、内面と向かい合う生活から遠ざかってしまう。

対応方法

都会からほど遠くないはずれにこもり、電信技術を取り込みつながりを制御しながら生活する。

7. マーシャル・マクルーハン(1911-1980):世界大戦期からコンピュータ時代へ<地球村から自分村へ>

メディア的環境

ラジオやテレビが膨大な数の人々を一つにまとめ、大衆社会を誕生させる。そのつながりは、知人に始まり地域、国、国際社会へと広がりを見せる。身体拡張としてメディアを理解する。「メディアはメッセージ」「ユーザーはコンテンツ」[ii]

環境から来る課題

マスメディアの影響で人間が機械的に動くだけの機械的な存在になるのではないかという不安。多くのつながりの中で自主性を失い、世の中に振り回されるようになる。

対応方法

「人間の心はテクノロジーからかつてなく大きな影響を受けているが、依然として自分の心であることに変わりはない」と思うこと。

「積極的に管理する」こと。電子社会の人生において迫りくるさまざまな情報をじっくり研究して、頼りになりそうなもをつかむ努力をする。

「テクノロジー機器が私達に及ぼす作用は機器の種類ごとに異なることを肝に銘じておく」。ホットなメディアは強い作用を持ち情報と刺激を押し付け排他的である。クールなメディアは受けてに情報の補完を求め、受け手に対する受容性を持つ。「熱いメディアは受容者によって補充ないし補完されるところがあまりない。したがって熱いメディアは受容者による参与性が低く,冷たいメディアは(受容者の)参与性あるいは補完性が高い。[iii]

メディアの変遷を人々はどう超えていけるのか

書き言葉に対するソクラテスの反応は、新しいテクノロジーの登場を受けてしばしば生れる混乱や不安の典型である。

書き言葉という新しいメディアイノベーションは、他人の生き方や考え方を、遠くからでも、ひっそりと思索にふけりながら追体験することができるようになった。

セネカの、選択して書くことに集中するように、PC上のマルチスクリーンから一つのスクリーンを選び、たとえばYOUTUBEのフルスクリーンモードで、他とのコネクションを切断することで、情報の洪水から距離をとり内面世界の充実を求めることができる。

デジタルメディア(に限らずとかくメディアというもの)は、基本的につながりを善としている(人と人とのメディアムにあるのがメディアなのだ)。電子書籍では黙読中もリンク、コメント、誰かからのリアルタイムメッセージなど、グーテンベルク発明以前の時代への回帰とも捕らえることができる。「無数の声が聞こえてくるような慌しい環境で考えたり書いたりしていたのでは、たいていは受身でオリジナリティに欠ける、賞味期限の短い中身しか生れない。(p.194)」。

書籍が外界とのつながりを切り、人を内面に没入できるツールとなったように、デジタルメディアは外界と自分のつながりを制御できるようなツールになっていくのだろか。

「ハムレットの手帳と、私の手帳(モレスキン)は、刺激と情報に満ちた、混沌として御しにくい世の中をうまく泳ぐための効果的な手段だ(p.220)」

「歴史上では、つながり至上主義を志向する私達の本質に訴えかける新たなテクノロジーが、繰り返し登場してきている。その一方では、バランスをとりたいという欲求もひっそりと、しかし根強く存在する。もっとも望ましいのは、わたしたちが過度の混乱に陥るのを防ぎ、なおかつテクノロジーの未来への架け橋となるような解決策である(p.221)」

大勢の人々が「絶えずつながっていたい」という衝動を抑えようと四苦八苦するなかで、「哲学的な自制」を手に入れようとすれば、それを儀式化するのが、方法である。ただし、その儀式が自らの人間の本質に根ざすものであると理解していることが重要である。

「世間との多面的な関係を途絶させるわけではないが、少し距離をとって密着を避けられるような場所に小屋を建て、思索にふける生活をしよう(p.264)」ソローは「ひたすらシンプルに」という協議に沿った質実剛健を極めた生活をすごした。

「人間の心はテクノロジーからかつてなく大きな影響を受けているが、依然として自分の心であることに変わりはない」。テクノロジーのなすがままになるか、それとも意識、ひいては人生を自分の思い通りにするかは、貴方次第である(p.283)



[i] プラトン『パイドロス』Plato. Phaedo. 274c,藤沢令夫訳版

[ii] デジタル時代のマクルーハン理解,メディア・リサーチ, http://mediaresearch.blog.jp/archives/1807829.html

[iii] Marshall McLuhan(訳書)「メディア論―人間の拡張の諸相」みすず書房,p. 23.,1987

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