PR=広報+広告という構造を忘れてはいけない。

「弊社を含めPR業界におけるメディアとの取引は、広告枠を購入するという形ではなく、必要に応じて編集協力費を支払うという商習慣が存在している事は事実であり、弊社もその慣習に従った活動を一部しておりました」

「業界の商習慣に従った正当な事業を行っているから叩かれる筋合いではない」
と、読めますが、業界としては見過ごしていて良いものだろうか。

広報活動というのは、自社情報を記事としてメディアに取り上げてもらうための努力活動であって、もちろん、記事化・番組化が最終目標ではあるが、それは約束されたものではない。従って、広報活動の重要課題は「メディアリレーション」にあり、とする考え方が従来存在した。PR会社は、メディアリレーション力に強みを持っているだけで、だからといっていわゆるPR会社に頼めば記事がバンバン掲載される、ということを依頼企業は期待してはいけない、というのが業界の常識(ベクトル社のいう所の商習慣)なのである。
山本一郎氏は、『その掲載は「編集権を持ったメディア側の判断に委ねられる」と記しています。』と書かれているが、常識的な彼には、そのように読めてしまっても仕方がないのは、上述のように、それが広報業界の常識だからだ。

しかし、ベクトル社は、『編集協力費を支払う事が、記事の内容やクレジット表記の有無を決めるものではなく、』と、協力費を支払うことは、掲載されることが前提、としか理解できない文面になっている。
内容はどうあれ、「金を払う⇒メディアのコンテンツになる」行為は、「広告」と認められる商行為なのだが。
そういう概念を持たない人って結構いるのか、と今回の一件では感じるところがある。

ベクトル社のような現代的PR会社は、「なんで記事掲載されないのに金払わなきゃならないんですか?」と心から反応するのかもしれないが、記事掲載にコミットしないのがPR会社の立ち位置。
物の売れるのにコミットしないのが広告会社とメディアの立ち位置、というのも、今のソチラ方面の人には理解できないのかもしれない。

ただ、ネットメディアの20年を振り返れば、企業発のプレスリリースをそのまま貼り付けることを始めてしまったのが、現在のwebメディア混乱の始まりであったと指摘できる。
メディア上のコンテンツは、広告も記事も共にメディア社の編集権のもとに掲載されるものなのに、一字一句(読むこともなく)掲載されるコンテンツを作ってしまったメディア側の責任もけして少なくはないだろう。


【新聞社webサイトの企業リリースページ】
朝日新聞
http://www.asahi.com/and_M/information/pressrelease/
読売新聞 (ディレクトリ /adv/ がやるせない)
http://www.yomiuri.co.jp/adv/komachi/release/
毎日新聞
http://mainichi.jp/select/biz/pressrelease/
産経新聞
http://www.sankei.com/economy/newslist/pressrelease-n.html
日経新聞
http://release.nikkei.co.jp/

一方で、広告に関しても、タイアップページにやってきたオーディエンスは基本的には、広告主とメディアの物なのだが、24個ものトラッキングがかかってるということは、金を使って広告して得られたオーディエンスを横取りされてる状態なわけで、これも商習慣としては、はなはだ疑問のでるところである。

いろいろ、見直しや、定義しなおさなければならないことは多い。

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