電体主義と集産主義

2011年6月18日の毎日新聞
特集「大正100年」第6回「ラジオ放送開始」 

に佐藤卓己氏が寄稿をしている。


「大正期はメディアの状況が様変わりした時代である。新聞、雑誌などの活字媒体が部数を増やし、社会に広く影響を及ぼすようになったが、中でも大きな変化はラジオという新しいメディアの出現だった。」

現在の私たちの文化的生活の基盤の多くが形作られた「大正時代」。電気エネルギーと大衆との関係も、同様なのである。
白熱電球が日本の一般家庭に普及して「『新奇な見せ物』だった電気は、『安全な商品』になった。」

以後、電気というテクノロジーは「『照明』から『交通』へ、さらに『心的交通(コミュニケーション)』」へと用途を広げてきた。

と佐藤氏は続ける。

特に大正12年(1923年)9月1日の関東大震災後、国策としてのラジオ放送開始(1925年3月22日)が近代日本の社会構造、特に政治と国民の関係を一体多のマスメディアをフレームとした構造の中に固定化された。

当時多く出された「ラジオ論」の中なかで京都帝国大学教授新城新蔵の「ラヂオ文明」の一文が紹介されている。

「一体言葉に現したる思想をわざわざ複雑なる符合にて記録し更にこれを読みて再び言葉に翻訳し其意味を了解するといふのは甚だしく廻りくどい方法で現代的ではない。」

文字文化を「現代的でない」と切り捨てたのは、この論から70年の時を過ぎて、マーシャルマクルーハンが著書「メディア論=Understanding Media: The Extensions of Man= 1994/10/20」において、文字より映像に価値を置いたことに鏡像を見出すことが出来る。

(ただし、マクルーハンの扱う文字はあくまでアルファベット圏のそれで、日本のような表意文字を扱う文化圏での適応は難しいと思う。)

さて、ラジオの持つ「同時性一方向マスメディア」の力は、「大本営発表」に代表されるように「プロパガンダとしてのPR」に最大の力を発揮し、佐藤氏書くところの「ラジオ文明の集産主義」という社会状況を、現在に至るまで長らくもたらし続けてきたのである。

同じく紹介されている明治大学教授・赤神良譲の「電体主義」という時代精神の表現は、この「集産主義」と「全体主義」が「電気」というエネルギーインフラの上に成り立っていると述べていると理解される。

「電体主義」が進化を遂げて、現在は「電脳体主義」という場所に来ているのだが、われわれの電気消費量は増加の一途を続けている。

電気が現在の人類文明にとって、欠くことのできないものであるとすれば、その電気生成インフラは、安全・安定したものでなければならないことは言うまでも無い。

佐藤氏もこの記事の最初にこう書かれている。

「この快適な電化生活が原子力発電の『危険』の上に成立していることにも、私たちは鈍感すぎたのだろうか。」

電気と自分たちについて、改めて(初めての人も)考える必要があると、強く感じている。
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