マスメディアは権力の産業化である。

メディア技術史といったものを簡単に追いかけてきたわけですが、言葉を文字にしてこの方、いずれのメディア技術もそれを使う技術者は限られてモノであり、時に近代の印刷・放送といった技術を駆使できる人たちは資本力を持った人たちでないといけないものでありました。
ここに、メディアの産業化が出現してくるわけです。もちろん、メディアの産業化は、マスプロダクションという生産技術の進歩という、人類文明の進歩の表裏であることは言うまでもありません。マスプロダクションとマスメディアは近世の先進国と呼ばれる経済圏拡大の両輪であったことは否定の出来いない事実であります。 一方で、マスメディアは権力者が権力行使のために存分に活用したということは、第2次世界大戦時のヒットラーの一連の宣伝映画を例に出すまでもありません。 また、現在よく使われる「広報・PR」という活動も、前提としてマスメディアを通じてのコミュニケーションを想定して、メディアの権力性を利用して自らの言論に正当性を与える活動、と定義してもよいと思います。 第2次世界大戦後、マスメディアの一大産業化は、言論の自由にもとづく活動が保証されているとはいえ、つねに国家権力と隣接したところにあり、国家権力の流布ないし、反権力の流布、という権力の行使そのものが産業化されたと再定義できると思います。(このプロセスが"世論を喚起する"と呼ばれるものなのだと思います。)
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